ガソリン税1.5兆円を減税すると、自民党は「財源はどうする!」と大騒ぎ。
でも防衛費は5年で60兆円──うち16.5兆円は将来世代にローンで押し付ける──でも誰も文句を言わない。
この“二重基準”がおかしいと思いませんか?
政府は「防衛力整備計画」で2023~2027年度の5年間総額を43兆円と発表しているが、米国製ミサイルや戦闘機などの新規ローン契約のうち、2028年度以降に支払う分が16.5兆円ある。実質負担は59.5兆円、ほぼ60兆円だ。
同じく、日米関税交渉で決まった対米投資80兆円規模の話も、「日米同盟のため」で財源論争はほぼ起きていない。
「安全保障」「同盟」という大義名分の前では、なぜか財源の話は霞んでしまう。
でも、本当にそれでいいのか?
私は強い違和感を覚える。
安全保障の大義名分は本当に正しいのか?
たしかに、防衛費は「国を守るため」という崇高な目的があり、誰もが反対しにくいテーマではある。
だがしかし、ここで立ち止まった考えてみたい。
本当の安全保障とは何か?
軍事力を増強すれば国は安全になるのか?ミサイルや戦闘機を買い揃えれば、日本は強い国になるのか?
私はそうは思わない。
真の安全保障は、経済力にこそあると考えている。
経済力こそが最強の外交カードである
歴史を振り返れば明らかだ。
戦前の日本は、資源の乏しさゆえに石油や鉄の輸入を止められただけで国家存亡の危機に陥った。いくら軍事力があっても、経済的に脆弱な国は外圧に屈するしない。
ABCD包囲網による経済封鎖が、最終的に日本を開戦へと追い込んだのだ。
一方、現代の中国を見てみよう。中国は巨大な経済力を背景に、軍事力を使わずとも世界中で影響力を拡大している。「一帯一路」構想で各国にインフラ投資を行い、経済的な依存関係を作り出す。結果、多くの国が中国に配慮せざるを得なくなる。
これが経済力による外交だ。
軍事力は「使えば消える」が、経済力は「使えば増える」。ミサイルは発射すれば終わりだが、投資は雇用を生み、技術を育て、新たな富を生み出す。
持続可能な国力の源泉は、経済にあるのだ。
防衛費は消費、内需投資は資産形成
ここで考えたいのは、国債発行で調達した資金をどこに使うべきかという問題だ。
防衛費60兆円の内訳を見てみよう。5年間(2023-2027年度)における実際の支出は43兆円、そして28年度以降にローンで返済する装備品購入費が16.5兆円である。
つまり、16.5兆円は将来世代へのツケだ。今は予算に計上されないが、確実に支払わなければならない債務である。ガソリン税1.5兆円の財源を大騒ぎする一方で、その10倍以上の金額を将来のローン返済として静かに積み上げているのだ。
この43兆円は、主に以下のようなものに使われる。
- アメリカ製の戦闘機(F-35など)やミサイル(トマホーク・極超音速迎撃システム)の購入 → 約27兆円
- 自衛隊の人件費・糧食費 → 約11兆円
- 防衛施設の維持管理・運用費 → 約5兆円
- 研究開発費(国産極超音速ミサイル、電磁レールガン、次期戦闘機など) → 約3〜4兆円
- 基地周辺対策費・米軍再編経費(沖縄辺野古新基地含む) → 約1〜1.5兆円
見てのとおり、43兆円のうち約27兆円(63%)が米国製兵器の購入に充てられる。つまり、防衛費の大半が「海外流出」または「大企業・特定地域への集中支出」で、国内の中小企業や地方経済にはほぼ還元されない。
これらは必要なコストではあるが、経済的には「消費」に近い。人件費や維持管理費も同様だ。国内経済への波及効果は限定的である。
一方、同じ国債発行で調達した資金を内需拡大に使ったらどうなるか?
- インフラ整備(道路、橋、上下水道の更新)
- 教育・研究開発への投資
- 医療・福祉の充実
- 中小企業支援や地方創生
これらはすべて国内で雇用を生み、お金が国民の懐に直接回り、技術も蓄積され、将来の税収も増える本物の投資になる。経済が成長すれば税収が増え、財政も自然に健全化する。
さらに、生活が楽になれば出生率も上がる。豊かで安定した国民こそが、内側から国を強くする最強の防衛力だ。
経済力があれば、外交で相手を従わせられる
おそらく、「経済力だけで侵略を防げるのか?」という反論もあるだろう。
もちろん、最低限の防衛力は必要だ。丸腰では話にならない。しかし、過剰な軍事費で経済を疲弊させては本末転倒である。
重要なのは、経済力があれば、そもそも侵略されにくくなるという点だ。
経済的に豊かで技術力のある国は、他国にとって「攻めるより取引した方が得」な相手になる。貿易関係が深ければ、戦争のコストは双方にとって莫大となる、相互依存が深めるほど、武力衝突のリスクは下がるのだ。
さらに、経済力があれば外交の選択肢も増える。援助や投資をカードに使えるだけでなく、技術協力や市場アクセスを交渉材料にもできる。軍事力だけに頼る国より、はるかに柔軟で強靭な外交が可能である。
財源論の二重基準を見直すべきだ
冒頭の疑問に戻ろう。
なぜガソリン税1.5兆円には財源が必要で、防衛費60兆円や対米投資80兆円には不要なのか?
答えは簡単だ。
「安全保障」という錦の御旗さえ掲げれば、どんな巨額でも財源なんか不要──それが今の日本のルールだからだ。
でも、ちょっと待ってほしい。
本当の安全保障を考えるなら、国民生活を豊かにし、経済力を高めることこそが最優先されるべきではないか。
- 減税で国民の負担が減り、その分を消費に回せば経済は回る
- インフラ投資で地方の雇用が生まれれば、地域経済の活性化につながる
- 教育や研究に投資すれば、次世代の競争力が高まる
これらはすべて、長期的な国力の強化につながる。
一方、防衛費をいくら積み上げても、それだけでは経済は成長しない。むしろ、経済を犠牲にして軍拡を進めれば、かつてのソ連のように内側から崩壊するリスクすらある。
結論──投資先を間違えるな
私の主張はシンプルだ。
国債を発行するなら、その資金を国民生活と内需拡大に投資すべきだ。
経済力こそが、持続可能な最強の安全保障である。豊かで安定した社会を築くことが、外敵からの侵略を防ぐ最良の手段であり、外交で優位に立つための基盤となる。
防衛費を否定するわけではない。しかし、軍事費ばかりに資金を注ぎ込み、経済を疲弊させては意味がない。バランスが大切なのだ。
ガソリン税1.5兆円の財源で大騒ぎする前に、60兆円、80兆円という巨額の支出が本当に国を強くするのか、冷静に考え直す必要がある。
真に国を守りたいのなら、国民を豊かにすることから始めるべきだ。
それが、私の考える「最強の安全保障論」である。














