今年度の補正予算が18.3兆円規模で成立しました。柱は「物価高対策」と「防衛力強化」。
電気・ガス代の補助や子育て世帯への2万円給付など、生活者に直結する支援が盛り込まれている一方、防衛力にも1.6兆円が計上されています。
しかし、家計を直撃する物価高のなかで、「なぜ防衛費が優先されるのか」「なぜ給付が子育て世帯だけなのか」といった疑問や不満が広がっています。
今回は、この補正予算の中身を生活者目線で整理し、公平性や優先順位のズレを考えます。
補正予算18.3.兆円の全体像
今回の補正予算は、昨年度の13.9兆円を上回る規模。
財源は、税収増加分のほか、国債11.6兆円の追加発行で賄われます。
| 物価高対応(8.9兆円) | 電気・ガス代補助(5,000億円)、子育て世帯への2万円給付(4,000億円)、食料品高騰対策を含む地方交付金(2兆円)など |
| 危機管理・成長投資(6.4兆円) | 供給網強化や産業投資 |
| 防衛・外交強化(1.6兆円) | 防衛力整備や外交対応 |
| 予備費(7,000億円) | 緊急対応に備える |
数字だけを見ると「生活支援」と「安全保障」が並走している構造です。
生活者が感じる優先順位のズレ
光熱費や食料品の値上がりに直面する生活者にとって、いま必要なのは「即効性のある支援」です。
たしかに、電気・ガス代補助や食料品対策は助けになりますが、期間限定であり、春以降の負担増は避けられません。
一方、防衛費1.6兆円は「将来の安全保障」として重要視されますが、目の前の生活支援より優先させることに違和感を持つ人も多いでしょう。
公平性(給付金)を軸にした論点
今回の給付金は「子育て世帯限定」で、子ども1人につき2万円。少子化対策や教育費負担軽減という政策目的は理解できますが、独身や子なし世帯、高齢者にとっては「不公平感」が強まります。
Yahoo!ニュースのコメント欄でも──
- 全国民に対して一律で給付すべき
- 一時的な給付より耐久的な減税を
といった声が目立ちました。
公平性の観点からは、対象を広げるか、もしくは税制で支援する方が納得感を得やすいのは言うまでもありません。
中小企業勤務者の視点
中小企業で働く人たちにとって、今回の補正予算は家計と仕事の両面に影響を及ぼします。
家計面
光熱費補助が一時的に負担を軽減するものの、春以降には再び料金が上昇する可能性が高く、安心感は長続きしません。
食料品の高騰も続いており、地方交付金による支援は地域差が大きいため、実際に生活者が恩恵を感じられるかは不透明です。
さらに、国債の追加発行による財政悪化懸念から長期金利が上昇傾向にあり、住宅ローンや借入コストの増加が家計を圧迫する要因となっています。
仕事面
金利上昇が企業の資金繰りを直撃する可能性が高く、とくに中小企業では借入コストの増加に苦しみやすい状況が予想されます。また、原材料価格の高騰や賃上げ圧力も重なれば、利益を確保するもさらに難しくなるでしょう。
防衛や成長投資に予算が振り分けられることで一部の業種には追い風となる可能性もありますが、その恩恵が中小企業全体に広がるまでに時間がかかると考えられます。
結果として、補正予算の効果は「生活者の即効性ある支援」と「企業の持続的な成長支援」の間でズレが生じ、現場の働き手には十分に届かないという懸念が残ります。
「国内2万円」 vs 「海外80兆円投資」の対比
国内では、子育て世帯に2万円という限定的な給付にとどまる一方で、外交交渉のなかで日本は米国に80兆円規模の投資を約束しました。
こうした投資は外交や産業政策の一貫として重要視されますが、国民生活を直接的に良くするわけではありません。むしろ、巨額なドル投資は円安を加速させ、物価高をさらに押し上げる可能性も考えられます。
つまり、生活者にとっては逆風となりかねないのです。
「なぜ国内には少額しか出せないのに、海外には巨額を投じるのか」という疑問は、生活者の不満を増幅させ、数字の桁違いが優先順位のズレを際立たせています。
まとめ
補正予算18.3兆円は「物価高対応」と「防衛」を両立させる狙いを掲げていますが、生活者にとっては「公平性」と「優先順位の違和感」が大きな論点です。
電気・ガス代補助や子育て世帯への給付は限定的で、独身や高齢者など多くの層にとっては取り残され感が強まります。
さらに予算の内訳を見ても、国民生活や中小企業を第一に考えているとは言い難いのが実情です。
むしろ、組織票や企業献金に対する大きな配慮が透けて見える構造になっており、政治的な利害が優先されている印象を否めません。
結果として、生活者が求める「公平で実感できる支援」と、政府が打ち出す「積極財政」との間には大きなギャップが存在しています。
この優先順位のズレを是正し、公平に国民生活を底上げすることこそ、本来あるべき政治の姿であり、その役割なのではないでしょうか。













