「今の憲法では日本を守れない」
「憲法を変えなければ国が危険にさらされる」
憲法改正の議論が高まると、必ずといっていいほど聞こえてくる言葉だ。
しかし、一度立ち止まって考えてみたい。
本当に“憲法を変えないこと”が危険なのか。
その「危険」とは、具体的に何を指しているのか。
- 他国からの軍事的脅威
- 大規模災害への対応
- 緊急事態への対処能力
これらは性質がまったく異なる問題だ。
しかし改憲論では、これらがひとまとめに語られがちである。
問題の種類が違えば、必要な対策も違う。
つまり、「危険」という言葉だけでは、何も説明したことにはならい。
現行憲法では何が“できない”のか
日本国憲法は、国家の枠組みを定める文書だ。
日本国憲法の主な原則
- 国民主義
- 基本的人権の尊重
- 平和主義
とくに議論の中心になるのが第9条である。
- 戦争の放棄
- 戦力の不保持
しかし現実には、自衛隊は存在し、防衛費も増額されている。
さらに、2014年には集団的自衛権の行使が容認され、安全保障政策は大きく転換した。
つまり、現行憲法のもとでも、政府は必要と判断した政策を“解釈”によって実行してきた。
では、どこが「何もできない状態」なのか。
ここは、改憲論者が最も具体的に説明すべき部分である。
「解釈」と「改正」は違う
歴代政権は、憲法の条文を変えずに解釈変更で政策を拡張してきた。
たとえ2014年、安倍晋三政権は集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。
憲法改正はしていない。
それでも安全保障政策は大きく転換した。
ここで浮かぶ疑問はこうだ。
「改憲しなければ何もできない」という説明は、本当に事実なのか。
「変えないと危険」は論証になっているか
政治でよく使われる手法が「不安の喚起」だ。
- いまのままでは危ない
- 早く決断しないと手遅れになる
しかし、危機を語るときほど具体性が必要だ。
- どの条文が
- どのように
- どんな場面で障害になっているのか
ここが曖昧なまま「危険」という言葉だけが先行していないか。
そこを見極めることが、国民投票に向けて最も重要な視点になる。
本当に問われるべきこと
改憲の是非を判断するうえで必要なのは、抽象的なスローガンではない。
- 条文レベルの具体的議論
- 改正後に拡大される権限の範囲
- 国民の権利への影響
これらを丁寧に確認することだ。
「変えないと危険」といいう言葉は、これらの議論を飛ばしてしまう危険がある。
何がどう変わり、誰の権限がどう強まるのか。
そこを冷静に見なければならない。
結論──恐怖ではなく、構造で考える
憲法は、国家権力を縛る最高法規である。
その改正は、単なる政策変更とは次元が違う。
危機を理由に権限を拡張することは、歴史上どの国でも起きてきた。
だからこそ、必要なのは“恐怖”ではなく“構造”で考える姿勢だ。
「変えないと危険」という言葉が出たときこそ、一方立ち止まり、その危険が本当に憲法改正でしか解決できないのかを見極めるべきである。












